インタビューVol.44「世代によって『お墓』の考え方の違いに苦労しました」

世代によって『お墓』の考え方の違いに苦労しました

ライフエンディンサポートへお寄せいただいた供養にまつわるエピソードをご紹介いたします。

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hwtさん 40代

お墓に対する考え方は、世代間で大きく違っている、また、地方と都会でもたいぶん違うんだなぁとつくづく思います。

私の場合でいうと、母親と息子の私の間で、かなりお墓に対する思いや考え方が違っていて、父親のお墓の話でなかなか折り合いがつきませんでした。
ちゃんとした昔ながらのお墓を建てるか、あるいはロッカー形式の納骨堂に入れるか、ということでいろいろと話をしました。

私自身、お墓とか仏教行事や供養についての知識はほとんどありません。
そういったしきたりや慣習を意味のないこととまでは言わないまでも、あくまで生きている人間、いまで言いうと、母親本人や、私の家族の生活が優先されるべきだと考えています。

親はもちろんのこと、先祖を敬い大事にする気持ちはもちろんありますし感謝しています。
しかし、生きている人間ができるだけ負担なく生活できることを優先していいんじゃないか、と思うわけです。

また、私にはいわゆる昔ながらのお墓を建てると、そこに縛られてしまうという感覚があります。

地方などでは今でもそうかもしれませんが、昔ですと集落全体があるお寺さんの檀家になっていて、ずっとそこでお世話になり自分が亡くなったらそこに入る、というのが普通の考え方なのだろうと思います。

しかし、私のような会社員ですと、近い将来でもどこで仕事をしているか分かりません。
もしかすると、海外で骨をうずめることになる可能性だってあるのです。

そういうことも含めて、いま生きている人間の生活をベースにしてお墓も考えたいと思うのです。

私の両親ともに、四国から大阪へ出てきた人ですが、四国には実家と呼べる場所はもうありません。
私の祖父母にあたる、親のお墓があるだけです。

そして、そのお墓をどうするか、墓じまいの段取りをどうするか、という話も出てきています。

父親のお墓も同じことです。

私は、ロッカー形式のものにして、もし私がどこか遠いところで暮らすことになっても、それを持ち出せるような形がいいだろうと言いました。

ですが母親は、私たちが暮らしたその場所にこだわりが強く、そこにちゃんとお墓を建てたいという考えでした。

いろいろと苦労の多かった母は、大阪へ出てきて、はじめて普通の家族の生活をすることが出来たので、そこに思い入れがあるのは十分承知しているつもりです。

ですが、四国にある私の祖父母のお墓、私の親の親のお墓は、車では近くまでいけない、とても不便なところにあります。
私も何度か参ったことがあるのですが、すでに墓石もだいぶん風化していて、何とも寂しい状態でした。

大阪の都市部で、そんな風化したようなお墓になることは、いまは考えにくいですが、お墓をたてたとしても手入れができない方が、亡き父にとっても申し訳ないと思うです。

ですので、簡易的なもの、持ち出せるものにしたいと考えたのですが、母親としては、それがちゃんとしていない、という感覚を持ってしまうようでした。

結局、ああでもない、こうでもないと話は平行線だったのですが、十三回忌のときに、最終的には、母親の方が理解を示してくれて、ロッカー形式の納骨堂へ納骨することに決まりました。
手続きすれば、持って出られる形にすることを了承してくれました。

喧嘩という感じにはならなかったのですが、どうにも父のお墓の話は、折り合うのに時間がかかりました。

親子と言えども、生きてきた時代や環境が違いますし、こと、お墓のようなデリケートなことに関しては、かなり違う考え方があるものだなぁとつくづく思いました。