インタビューVol.36「お墓というものの存在意義についてあらためて考える」

お墓というものの存在意義についてあらためて考える

ライフエンディンサポートへお寄せいただいた供養にまつわるエピソードをご紹介いたします。

あなたの供養にまつわるエピソードを教えてください

匿名希望

これからお墓の購入を考えていらっしゃる方へ、今一度お考えいただければと思い、私自身の経験をお話しようと思います。

私の両親は、転勤族であったために私が学生の頃も何度か引越しを繰り返し、田舎にある先祖の墓に毎年お盆にお参りできないことを大変気にしておりました。
墓のあった田舎には最初は祖父母が住んでおりましたが、祖父母が高齢になったこともあり、父の勤務地に家を買って祖父母も呼び寄せることになったのを機に、先祖代々の墓を現在家族が住む土地へと移すことにしたのです。
そうして、かなりの費用を費やし、新たに購入したお墓に先祖の納骨儀式も済ませて、やっと毎年のお墓参りができるようになりました。

とはいえ、家族の状況は常に変化していくものなのです。
年月がたち、私たち姉妹も結婚する時期がやってきました。私には男兄弟がおらず、姉も妹も結婚後はそれぞれの夫の転勤に合わせて転居し、またまた遠距離になってしまいました。

その上、私は国際結婚をしたために海外に住むこととなり、お盆のお墓参りにはとても毎年は行けない状態となったのです。

両親は、女の子しかいないことを最初から考え、お墓を購入する際に「永代供養」の選択をしておりました。

お墓を守れる人がいる間はその人が守り、誰もいなくなればしばらくの間は霊園の方が管理をしてくださり、一定の期間を過ぎてからは収められた遺灰を供養していただいた後、土地を霊園にお返しするというものです。
だから将来を心配することはない、と両親は言ってくれるのですが、やはり子供の私たちとしては、何か務めを怠っているような、やるせないような複雑な心境です。
せめて生きている間はできる限りお参りし供養をしたいとは思うものの、これが私たちの子供や孫世代となると、もう彼らがその頃どこで生活をしているのか想像もつかず、お墓というものの存在意義についてあらためて考えさせられました。

私が結婚をし暮らす某国では、お墓というものがありません。
「墓地」は存在するのですが、個人のお墓はないのです。どういうことかというと、ここでは誰かが亡くなると、火葬資金がある場合にはそのまま火葬をして、遺灰は海に散骨します。

火葬の資金はまだ用意できない場合は、自治体が共同で管理している墓地に埋葬されます。
そうして、数ヶ月~数年たった頃に、遺体を掘り出すか、損傷が激しい場合はお墓の土だけを使って、火葬の儀式を行い、海に散骨するのです。

故人の魂は海に帰るため、掘り出した後の墓地には、故人の魂は存在しないと考えます。
そうして、また同じ場所に次に亡くなった人を埋めるのです。
自治体が共同で管理する墓地を繰り返し使うことで、個人でお墓を所有する必要もありませんし、子孫がずっと管理をする必要もありません。

女性は結婚すれば、相手の男性の所属する自治体の墓地に入ることになるのです。
このシステムを目の当たりにしたとき、なんとさっぱりと潔いのかと感動しました。
人は自然に帰り、海に帰り、家族や子孫には思い出のほかには何も残さないで消えていくのです。

先祖のお墓を大事にし、掃除をして清め、花を供えてお参りをする日本人の姿勢は私は大好きですし、美しいと思っています。
しかし、これから生きていく残された家族や子孫のことを考えると、一体どんな選択が望ましいのか、そんなことを考えさせられる時代になったのではないかと人生後半にさしかかった今、考えております。